眠っているのに休めてない

眠れていますか?

 

問診票にその問いはあった。

 

眠れているときもある…でも、眠れない日も多い。

 

スマホのブルーライトがよくないとなにかで読んで

 

ベッドには持ち込まないようにしている。

 

コーヒーも夕方以降は飲まないようにしている。

 

湯舟にもとりあえず浸かるようにしている。

 

でもダメな日はダメだ。

 

寝よう寝ようと焦れば焦るほど、眠りは遠ざかる。

 

ストレス…とか、交感神経優位とか、思い当たることはある。

 

更年期によくあるという説明にも納得している。

 

でも、いつになったら私は満足する眠りを取り戻せるのだろう?

 

サプリや薬には、なんとなく頼りたくないと思う。

 

年齢だからと諦めた方がいいのかも…とも思う。

 

いつも眠れない夜は、同じことのぐるぐる思考だ。

 

そんなとき、職場の同僚から鍼灸院に通っている…という話を聴いた。

 

彼女は気になることがあると、まず鍼灸院に駆けこむのだそうだ。

 

東洋医学って、私たちぐらいの年の女性に

 

一番優しい感じがするんだよね…と彼女は言って

 

その鍼灸院を紹介してくれた。

 

【ならまち月燈】というその場所は、私の好きな興福寺の南円堂の近くにある。

 

新しい建物に引っ越したばかりということだが

 

まず目に飛び込む中庭の緑が目に優しい。

 

初めて行った日は雨だった。

 

待合の椅子でぼんやりと雨の音を聴いていた。

 

雨の音。雨の匂い。そんなことに気づいた自分に少し驚いた。

 

そして長い間、色々なことに気づく余裕が

 

自分にはなかったことにも気づいた。

 

問診票にはたくさんの問いがあった。

 

「眠れていますか?」

 

その問いにさえちゃんと答えられない。

 

いつから眠れなくなったのだろう。

 

夢はよくみるんだっけ?

 

問われて初めて気づく。

 

50年以上も私は私と付き合っているのに

 

私は自分の声をちゃんと聴けていない。

 

私は、家族の、職場の人の声は丁寧に聴いているつもりだ。

 

でも、私は私の声を同じように丁寧には聴いていない。

 

【燈tou】というコースはそういう方のためにあるんですよ…

 

と、目の前の先生が笑った。

 

同じくらいの年齢だろうか、親しみ深い

 

温かい笑顔から発せられる落ち着いた声。

 

とても安心する。

 

今、ここは私だけのための空間で

 

私だけのための時間だ。

 

お灸の香りだろうか、懐かしいような香りの中で

 

小さい女の子に戻ったような気がする。

 

この場所は信頼できる…私の身体がそう教えてくれる。

 

そんな場所に出会えて

 

そんな風に感じる自分が嬉しかった。

 

施術が終わり、ゆっくりと身体を起こした。

 

肩がぎゅっとしなくなった…と言えばいいのだろうか。

 

身体が温かい…と言えばいいのだろうか。

 

うまく言葉にはできなかった。

 

ただ、来たときよりも呼吸が深くなっていることには気づいた。

 

「施術中のお身体は休みたがっていましたよ…」

 

先生がそう言って笑った。

 

私も笑った。

 

今夜眠れるかどうかは、まだわからない。

 

でも、帰り道でふと思った。

 

「眠れてなくてもたいしたことないか…。」

 

「でも休めていないのはあんまりよくないかもな…」

 

「あなたの身はとても頑張ってきてくれたんですね。」

 

先生にそう声をかけられると

 

なにか熱いものがこみあげてくる気がした。

 

次にここへ来るまでに、

 

少しだけ、自分の身の声に耳をすませてみようと思った。

 

ならまちからの帰り道。

 

南円堂の鐘の音が

 

 

私の背中をそっと押してくれるようだった。